『AFFLUENT for Executive』の「継ぎ人‐匠‐」にて紹介されました!


会員制広報誌『AFFLUENT for Executive』の
人気コーナー「継ぎ人-匠-」に
神田淡平の6代目として紹介されました!

今回は神田淡平の歴史と激辛煎餅誕生秘話に加え

私自身の今までの経歴を少し紹介して頂いてます。
少し字が小さいので、本文だけ以下に書き下します!!
職人の道をピュアに邁進する粋な江戸っ子
 激辛-お馴染みのこの言葉。実は激辛の生みの親が神田に本店を構える煎餅屋「神田淡平」だ。明治17年の創業以来、丁寧に心を込めて焼き上げる煎餅が人々を虜にしている。
 「私の父が幼少期に通っていた塾の先生に辛い煎餅を食べさせられたことがきっかけで作られたものなんです。冗談で祖父がさらに辛い煎餅を作ったのが噂になって。祖母がそれなら店で売ってしまえば?と。まさか年末の流行語大賞を受賞するとは思ってもみなかったでしょう」
 祖母の商売人としての思い切りの良さは、父、そして孫の壮さんにも受け継がれている。大学卒業後、京都で和菓子職人の修業をすると決めた壮さんは、自ら修業先を探すが、簡単なことではなく、約30軒の老舗をまわり、やっと京都の名店「京阿月」に弟子入りした。
 「菓子どころか食に携わったこともなく、全くの素人。しかも修業期間は3年と決めていたので、なかなか受け入れてもらえませんでした。しかし、京阿月の社長は外での修業経験があり、快く受け入れてくれました」
 3年間の修業を終え、いよいよ家業に入る壮さん。修業中とは違い、すべて自分でやらなければいけない大変さを知る。
 「やることの量の多さにはじめは困惑しましたね。父からは、もの作りの大切さと、幅広い視野を持つことの2つを教えられました。原材料の米の出来が違ったり、天候に左右されたり、一定の品質を保つことは大変です。今後は、固定観念に囚われず、煎餅の新しい食べ方を開発していきたいですね。そしていつかは食文化の壁を越え、海外にも煎餅を広めたいです!」
 今は製造の現場で奮闘している壮さん。江戸っ子の粋と変わらぬ老舗の味が世界に羽ばたく日もそう遠くはなさそうだ。
手焼き煎餅(せんべい)神田淡平 6代目

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